第一回コクラン共同計画システマティック・レビュー・ワークショップ参加記

(The Informed Prescriber 1996;11(2):18,21 より)

大阪府立成人病センター・薬局
丁 元鎮

はじめに

 コクラン共同計画 ;Cochrane Collaboration(以下CCと略)のめざすところは「適切なプロトコルにもとづいて実施されたすべての無作為化比較試験 Randamized Controlled Trials(RCTs) の論文に対して公正な評価を定期的におこなうことにより、特定のヘルスケア・サービス(薬剤、治療技術、健康政策など)の効果について信頼度の高い情報を提供すること」といえる。この全体のプロセスが「システマティック・レビュー」とよばれるものである。最近数年、医療技術アセスメントの一環として各国でCCへの関心が高まりつつあり、コクランセンターをもつ国が増えてきた。
 このような動きは日本にも波及しており、昨年(1995年)12月3日に、東京医科歯科大学においてTIP誌創刊10周年記念講演会が開催された折、併せて午後から Japanese Informal Network for CochraneCollaboration(JANCOC) 主催のシステマティック・レビュー・ワークショップが開かれた。参加者のひとりとして当日の模様と今後の課題について報告する。

ワークショップの概要

 日本側の参加者は28名で、医師・薬剤師・消費者・医学統計学者など、幅広い分野からの参加があった。A.Herxheimer 博士(英国コクラン・センター)および C.Crowther 博士(オーストラリア/アジア・コクラン・センター)がインストラクターをつとめた。参加者は7〜8名ずつに4つのサブグループ分けられ,各サブグループごとに進行役が決められた。ワークショップでのレクチャーと討論は英語でおこなわれたため、参加者とインストラクターとの討論に際しては若干の linguistic barrier もあったが、参加者にはあらかじめ詳細な教材・資料が配布されていたので大きな問題はなかったと考える。
 まず参加者全員から自己紹介があり、次に Herxheimer 博士とCrowther博士からワークショップのねらいについて説明があった。続いて両氏からCCの組織構成、各国コクランセンターの役割分担などについての講義があった。CCのシステマティック・レビュー・ワークショップが日本で開かれたのは今回が初めてであるが、両氏ともワークショップでの指導には手慣れており、レクチャーもわかりやすいものであった。
 次に各サブグループごとにディスカッションのモデルテーマが各サブグループのメンバーによって設定された。モデルテーマはそれぞれ、『BCG接種は結核に有効か』『歯科治療で感染性心内膜炎予防に抗生物質投与は必要か』『脳卒中慢性期に対する薬物治療は有効か』『乳ガンに対する術式による予後の違いは何か』であった。これらのモデルテーマにしたがって、参加者が持参した論文などをシステマティックにレビューするためのトレーニングがおこなわれた。
 システマティック・レビューはCCの根幹をなすといってよい。その具体的な手法については『CCハンドブック』に記載されているのでここでは詳述しないが、特徴として

  1. 水準を維持するため、厳密なフォーマットにしたがって実施される
  2. レビューのエディターによってレビュー内容が定期的に改訂される
  3. 改訂された内容は 『Cochrane Databaseof Systematic Reviews』(CDRS) に反映され、パソコンなどで容易に参照できる
    −などがあげられよう。

レビューを支援するソフトウェアと「ハンドサーチ」について

 ワークショップ参加者は Windows 3.1 上で動作する CDRS を実際に試用することができた。CDRS は British Medical Journal(BMJ) 出版局からCD−ROMとフロッピーでリリースされており、簡単に入手することができる。また、RCTs の bibliographic meta analysis をパソコン上で簡便に実行できるソフトウェア『RevMan 2.0』(Windows 3.1 対応、非売品、コクランセンターから入手可能)も紹介され、参加者の関心を集めた。RevMan はオッズ比の計算やそのグラフィック表示に威力を発揮する。
 たとえ厳密なフォーマットが存在しても、レビューする側のクライテリアに問題があればバイアスやエラーが入り込む余地がつねにある。ワークショップでもこの点に注意が喚起された。CDRS や RevMan は強力なデータベースやツールであるが、それらの基礎となる方法論の一定の理解は必要であろう。
 ワークショップではレビューの前段階となる「ハンドサーチ」(handsearch)も重要な作業であることが強調された。特に、津谷 喜一郎氏(JANCOC 代表;東京医科歯科大学難治研)が提唱する「MEDLINE 収録の日本発行雑誌を自分たちでハンドサーチしよう」という呼びかけは、日本の研究者が身近な作業によってCCに寄与できるという点で傾聴に値しよう。  このようにして、ワークショップでは一区切りのレクチャーとグループメンバー間でのディスカッションが交互に繰り返された。Herxheimer 博士はワークショップの掉尾において、薬剤師がCCに果たすべき役割の重要性を強調された。筆者も薬剤師の一員として、privilege と責任を痛感している。多くの薬剤師がCCに参加されることを期待したい。

まとめ:今後の課題と展望

 7時間におよぶワークショップであったが、終了時刻には参加者全員が心地よい疲労感に満たされたものと思う。以下、今回のワークショップをふまえて、日本国内でCCを普及させるための課題と展望を述べておく。

  1. CCそのものの啓発活動を、より広範囲の国内医療関係者に対しておこなうべきこと。
  2. CDRS や RevMan の紹介と普及を進めるべきこと。
  3. CCに関心をもつ国内の人材に対して、より頻回にワークショップを開催する必要があること。またワークショップで指導者となりうる日本人スタッフの育成が急務であること。
  4. 大量のCC関連資料/データ(英語)の日本語化を進めるべきであること。
  5. インターネット上のCCリソースやパソコン通信(NIFTYなど)上の関連情報源にアクセスするための技術情報を提供すべきこと。
  6. Collaborative Review Group(CRG) はCCにおけるシステマティック・レビューの対象を疾患別に分類してレビュー参加者を組織化するもので、CCの中核をなすものであるが、日本人のレビューアーはまだ少数である。日本からの積極的な参加が望まれる。
  7. 日本語の雑誌のハンドサーチを日本人の手ではじめるべきである。
  8. 一般消費者の CRG や Field への参加が望まれる。
  9. 薬剤師の参加が少ない。薬剤師にはシステマティック・レビューをおこなう能力があるので、関係各方面からの参加を呼びかけたい。

 多くの医療従事者・行政官・消費者などにCCの意義が理解され、プロジェクトに積極的に参加する人材が増えれば、日本の医療パフォーマンスの適正評価、ひいてはその適正使用に大きな成果をもたらすことはまちがいない。また、これまでデータの山に埋もれていた古い医療サービスに新しい光が当てられるということも起こり得よう。今回のワークショップはそのさきがけであったと確信する。

参考
 インターネット/パソコン通信でアクセスできるコクラン共同計画関連の情報源
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☆カナダ・センター
http://hiru.mcmaster.ca/cochrane/default.htm
☆オーストラリア/アジア・センター
http://som.flinders.edu.au/cochrane/
☆JANCOC サーバー
http://www.cph.mri.tmd.ac.jp/JANCOC/HomePage.html
☆パソコン通信
NIFTY FDRUG 電子会議室 #19『Cochrane Collaboration:コクラン共同計画』