2.今日の私のテーマは、「科学的根拠に基づく保健医療とコクラン共同計画」です。実は、今回初めて日本に来ました。日本については私の知らないことがらがたくさんあります。日本とイギリスでは、様々な違いがあるでしょう。イギリスにあてはまることが、日本では正しくないということもあるはずです。ですから、今日、私はどのようにすべきかを語る専門家としてではなく、私は一般臨床家として、みなさんと経験を共有できるように話をしたいと思います。私の話しによって、オックスフォードで私たちが進めている科学的根拠に基づく保健医療の方法をおわかり頂けるのではないかと考えますし、日本でも役立てていただける有益な知識にもなれば幸いです。
3.まず私が現在していることと、仕事の状況をお話しすることから始めましょう。それから、科学的根拠に基づく保健医療(Evidence based healthcare:EBHC)という言葉をどのように理解しているかを説明し、その重要性とEBHCの概念が最近どのような際に利用されるかの概略をお示しします。その後にこのような研究で明らかになったことを臨床の現場にどのように適用していくのか、われわれが適切と考える理論をどのように使って科学的根拠に基づく保健医療の指針としてきたかをご紹介しようと思います。また、私はオックスフォードで現在進行中の冠状動脈疾患をもつ人の医療を向上させた例などいくつかの例をあげながら話を進めていこうと思っています。そして、最後に、科学的根拠に基づく保健医療が今後どのように進められるべきかについて助言をさせて頂きたいと思います。
4.私の話が終了後、質疑応答の時間が持てればと存じます。私の話についての皆さん方の反応をお聞かせ頂きたいですし、イギリスでの方法が日本においても有効であるとすれば、どのような可能性があるかどうかについてもできれば知りたいと思うからです。
−スライド:イギリスの地図、オックスフォードの図−
6.オックスフォード州での死因の第1位、第2位はガンと心臓病です。イギリス全体や他の西欧先進国と同じです。これら公衆衛生における主な問題は、保健サービスにとって重要ですし、世界レベルでも研究の焦点となってきています。
−スライド−
7.イギリスでは、保健医療のほとんどは国営医療(NHS)がまかなっています。保健医療の給付は無料ですし、資金は一般税から出ています。NHSは1948年に次のような目標をもって設立されました。
NHSの当初の目標:
a)イギリスの国民の身体的、精神的健康を確保すること
b)病気の予防、診断、治療をすること
8.NHSの目標は1948年以来変わっていませんが、行政上の機構は何度も変更されています。次のスライドに現在の機構を示します。地方の保健当局は、人々の需要に応えるために、病院などから保健医療サービスを買うのですが、その資金は政府から出ています。
−スライド−
9.一般臨床医として仕事をしていますが(スライドをご覧ください)。その際の私の臨床的判断にも科学的根拠(evidence)を使うように努力しております。私は公衆衛生内科医としてオックスフォード州の保健当局でより多くの時間働いております(スライドをご覧ください)。当局は毎年3.5億ポンド(約560億円)のお金を保健医療に使用しています。そして我々の部門の大きな任務は、オックスフォード州の保健医療に科学的根拠を有効に使おうとすることです。これは、保健医療への投資を決定する当局と、患者の臨床診断をする医師やその管理者がお互いに影響し合いながら進めていることを意味します。
11.どの先進国でも、データを収集すれば、保健医療制度が以下の問題に直面していることが判明いたします。
12.保健サービスに金を支払い、利用する人達−つまり患者の側から、保健サービスの供給側に村する典型的な反応として、「責任を果たすように」との要求が、ますます高まってきております。特に、限りある資源の消費という点との関連で、「個々の保健医療の技術が健康を増進し、病気を軽くする真の価値があるかどうか」を証明すべきである、ということに、医療供給側に村する期待がますます高まってきているのです。
13.ここ最近、この問題はあまりにも大さく、イギリス、アメリカ、ニュージーランド、フランス、スウェーデンなどの多くの国々では、保健医療の資金と供給について、徹底的な調査がおこなわれ、国によっては根本的な再編成がなされたりしました。しかしながら、保健医療問題の改革が、私費医療にしろ、保険医療費制度にしろ、税金による医療費制度にしても、あるいは市場原理に基づく制度か、計画保健医療制度にしても、問題を制度改革とする場合には、このような“マクロ的”な機構改革をしたとしても、現在直面している最も重要な保健医療の課題を解決しそうにありません。
14.この問題を解決するための全く違ったアプローチの方法として、以下のような方法があります。保健医療の形、保健医療資源の配置あるいは、何百何千という個人の臨床判断の結果生まれる保健医療制度の有効性を考慮するのです。このような“ミクロ的”な見方からすれば、医療行為における差異や、科学的根拠ある知見利用の不完全さは、制度そのものの不完全さの表現というよりも、むしろ臨床判断の間違いの反映であると考えられます。
15.このことは、単純ですがとても重要な疑問を投げかけます。“どのような方法で、質の高い臨床判断がなされるように制度上の援助をし、促進すればよいのか?”あるいは、“保健医療制度はどのようにすれば医療行為の有効性を高めることができるか?”驚くべきことに、これらは保健医療政策の面でも比較的に新しい疑問なのです。世界の保健医療制度と保健政策に携わる人に共通の特徴ですが、医師(もしくは保健医療の従事者も含めて)と患者との相互の関係によって、常に最も適切な臨床判断が選ばれるという前提にたってものごとが進められてきたようです。
17.妥当かつ適切(valid,relevant)な研究を発見することは、有益な保健医療行為を発見する最良の手段であると考えられています。科学的根拠を診療にうまく利用する方法を理解すると、上記のような重要な問題点に取り組み解決する糸口を得ることがでさるのではないかと思われます。特に、
18.科学的根拠の重要性が認識されるにつれて、臨床医療行為においても科学的根拠の利用についての注目をさらに高めてきました。科学的根拠に村して関心が集まるようになってきたことを最も明瞭に示しているのが、科学的根拠に基づく医療(Evidence based Medicine)の運動です。
19.オックスフォード州の保健当局では、「科学的根拠に基づく保健医療」を次のように定義しています。 “妥当で適切(valid and relevant)な情報のみが、相当の重み(due weight)を与えられ、患者に対する保健医療の判断がなされるとき、「科学的根拠に基づく保健医療がおこなわれている」と見なすこととする”
20.この定義は、次のような内容をもちます。
21.言葉は重要です。イギリスでは、多くの医者が“科学的根拠に基づく医療”という語を見て、侮辱的だと思ったのです。つまり、日常の臨床実践において自分たちが科学を無視していることを意味していると解釈しました。そして、ほとんどの医師が、上記の定義の中には二面性があるということに気づいていないのです。しかし、よく考えてみると、魅力的であることに気づくはずです。なぜならば利用すべき適切な正しい情報を無視してはいけないと言うことを意味しているからです。このような医療上の判断を科学的な判断で行うことは、診療においてしばしば行われる、経験に基づく判断とあまりにも矛盾することが多いのです。
23.これらの点について、もう少し広く説明していきます。
25.医学の多くの分野で、日々の診療にとって非常に密接に関係する優れた研究の知見があります。冠状動脈の心臓疾患を例に考えてみましょう。心臓病のある種の症状に村する治療の有効性を支持する質の高い科学的根拠があります。
−スライド−
26.急性心筋梗塞で入院した患者に村するアスピリンとストレプトキナーゼの有効性を証明したISIS-2(the Second Intemational Study of Infarct Survival)という研究があります。少量のアスピリンが血栓溶解剤と同程度に有効であることは驚くべきことのように思います。このデータが1988年に出されたということに注目しておいて下さい。
−スライド−
27.では、数年後に出された診療状況のレポートを見てみましょう。
−スライド−
28.これらのスライドは、1991年と1994年、そして1996年のデータです。ここから、イギリス、そしてヨーロッパ全体にも、有効であるという科学的根拠があるにもかかわらず適切な治療が受けることができない数多くの患者がいることがわかります。
29.どうしてこうなるのでしょう? 研究の知見を実行に移すための資金が十分でないのだというのが、多くの人の考える答えでしょう。しかし、これは説明にもなりません。例えばほとんどお金のかからないアスピリンです。それを使用することに経済的な困難は何もないのに、適応があっても処方されないことがしばしばあるのです。
30.また、適切とは言えない診療行為の生じる他の原因としては、医学研究発表の濫発、医学の教科書や総説記事の不正確さなども挙げられるかも知れません。
−スライド−(Lauetal1992)(Antmanetal1992)
32.それぞれの点と線は、無作為化比較試験の結果を示しています。その試験結果は、研究結果が出版された日付順に記載されています。点の位置は治療効果の方向とその程度を示しています。水平の線は結果の正確さを表しています。垂直の線は「効果なし」を表し、それよりも左の部分は治療が基準(対照)を上まわっていることを示し、右部分は基準(対照)を下まわっていることを示すのです。この図では、それぞれの試験の本当の効果は、95%の確率で、それぞれの水平線上にあることを示しています。もし水平の線が効果0の垂直の線と交わる場合には、統計学的にその臨床試験は有意とは言えないのです。
33.いくつかのことがこのスライドでは示されています。まず第一に、急性心筋梗塞にストレプトキナーゼ(固まった血液を溶かす作用があります)が有効であるとする研究がこれまでたくさん行われてきました。多忙な多くの開業医が、膨大な数に及ぶそれぞれの雑誌に発表された研究のすべてに目を通しているとはとても思えません。第二に、ほとんどの研究が小規模で統計的に有意ではないのです。そして第三に、大多数の研究によって治療が効果的であるとされたとしても、いくつかの研究ではストレプトキナーゼによる治療は害を及ぼすだけであるとしているのです。言い換えれば、これらの研究をまとめて読んだ医師は、心筋梗塞にストレプトキナーゼが有効であるとする証拠は何もないのだという印象を持つでしょう。実際にGISSIとISIS-2(このデータは先にお見せしました)という大掛かりな研究によって臨床医が十分なデータを得てはじめて、ストレプトキナーゼは効果的な治療であるという結論となるのです。
34.しかし、もしそれぞれの研究結果を、それまでに発表された研究結果と総合して解釈するとしたらどうなるでしょう。これはしばしば“累積メタアナリシス”と呼ばれるものです。1970年代半ばにはストレプトキナーゼが有効な治療であると確信させる十分なデータがすでに発表されていることがお分かりと思います。その本当の効果が広く認識される10年以上も前にすでにこのような結果が示されているのです。
35.教科書や総説、主要な医学雑誌の記事などがすべて正しい情報に基づいて書かれているとお考えかも知れません。しかしながら、このスライドが示すように、1980年代の後半になってはじめて参考書や記事などは日常の臨床実践においてストレプトキナーゼを使用するようにと薦め出したのです。医師の診療の基礎となっているのは教科書や総説記事ですから、研究結果と診療行為のあいだに大さな差があっても不思議ではないのです。
36.これらのことを考慮すると、適切な研究の成果の診療に導入するために克服しなければならない障壁は、医学の文献が無秩序に公表されることにあるということがわかるでしょう。
Iain Chalmersはある時、2人の著名な臨床医に同じ臨床テーマについて、総説(review)してほしいと依頼しました。同じ図書館を使って 2カ月後に総説が出来上がりましたが、その結果は全く違ったものでした。さらには、なぜ違う結果になったのか、その理由さえわかりませんでした。彼らがどのようにして情報を集めたのか、なぜある記事を引用して別の記事は引用しなかったのか、なぜ異なる文献の情報を合成したのかについて答えないことも典型的でした。文献のレビューの手順は、一次的な研究と同様、系統立てて(systematic)実施すべきですし、また徹底的に実証されねばならないというのが、このIain Chalmersの結論でした。読者がレビューした人の結論に賛成できるか否か、を自分で決められるように、レビュー者の仕事の過程をたどれるように、レビューに関する情報は十分でなければなりません。
38.コクラン共同計画とその主要な出版物であるコクランライブラリーは、これらの問題についても呼びかけています。コクラン共同計画は、Dr.Chalmersがオックスフォードにある国立周産期疫学研究所の所長であった時の仕事から直接生まれたものです。彼とその同僚は周産期医療に関するすべての無作為化比較試験を収集しはじめました。彼らは、自分達がよく知っている多くの臨床試験がIndex Medicus/Medlineなどの主な検索情報では検索できなかったことを知りました。そこで彼らは、研究分野に必要な医学雑誌を自分たちの手でしらみ渡しに見ていき、未発表のデータや不完全なデータについてもその分野の研究者に連絡をとってデータを補って行くという膨大な仕事でしたが、このような仕事にとり組んだのです。彼らは、それぞれの臨床試験の方法論的な質を評価し、定型的なメタアナリシスの手法によって異なる臨床試験結果を適切な合成をして、研究結果のレビューをしました。
39.このような方法による研究で彼らが発見したことは、系統的レビュー(Systematic review)をすることによって、周産期医療の分野にあった多くの重大な論争点が解決されるということでした。解決した論争点の例としては、ステロイド剤が胎児の保護に役立つというものでした。Iain Chalmersらは、コルチコステロイドがある種の周産期疾患による死亡率を40パーセントから50パーセント減少させることを明らかにしました。この重要な結論は、産科の診療に影響をもっている伝統的なレビューによっては明らかにされなかったことでした。
40.系統的レビューは非系統的レビューに比べてそのもたらす利益はとても大きいと言えます。医学のあらゆる分野での無作為化比較試験を明らかにして、レビューし、その後は3カ月ごとにそれぞれのレビューを更新するという、重要な方向性が示されたのです。この大さな仕事は、世界中の臨床医や科学者によってなされており、コクラン共同計画を形勢しております。
41.それらの仕事は、“The Cochrane Library”(コクランライブラリー)として、3カ月ごとに最新のものが電子媒体(コンピュータやインターネット)を通じて発表されています。このライブラリーには3つのデータベースがあります。1つは無作為化比較試験のレビュー、2つめはArchieCochraneによって必要だと提唱された、無作為化比較試験のリスト、そして3つめは非無作為化比較試験をも含めた有効性に関するレビューの結果です。このセミナーの中でコクランライブラリーで実際にどのようなことがおこなわれているかご覧いただけるはずです(21日17:30〜19:30 銀杏会館ホールで)。
43.我々が特に効果的だと考えるモデルは、カナダのマクマスター大学のJonathan Lomasが提唱した多数の分野の手法を統合した方法です。彼は1)流布(diffusion)、2)宣伝・普及(dissemination)、3)実行(implementation)という3段階を設けています。
−流布(diffusion)−
44.流布とは、研究成果が受動的に広がっていく過程です。peer-review(査読)のある専門医学雑誌における公表も含まれます。もし生命医学に関する雑誌が2万点以上出版されているとしたら、臨床医が自分の仕事に役立つと思われる論文を見つけて取り寄せ、読むことなどはほとんど無理だということも不思議なことではありません。臨床医は、ただ一人で論文を評価し、その知見結果を真似するだけなのです。つまりこの意味するところでは、これまでは、ただ研究を発表すれば、それが診療に変化をもたらすのに十分であると信じるとしたらそれは、うかつというべきであるということなのです。しかし最近まで、多くの人が研究を発表さえすればその結果が診療に生かされると考えていたのです。
−宣伝・普及(dissemination)−
45.研究を発表するだけでは、医師の行動(behavior)まで変化させるには限度があるということが認識されてきたので、研究結果の普及のために人々は積極的な行動をとるようになってきました。典型的な試みとしては、専門家や熱心な人たちによって、文献から科学的にも正しく倫理的にも弁護できる内容を捜しだし、読みやすいフォーマットにして関連する臨床医に広めようとしていることです。ガイドラインとガイドライン普及活動などの動きは、宣伝・普及(dissemination)の過程の一部だと考えることができます。
46.しかしながら、ガイドラインの作成者、実施母体などは、ガイドラインの持つ影響力の弱さにしばしば落胆させられてきました。ガイドラインには高い水準のものもありますが、多くはそうではありません。そして実際の診療では、最良のガイドラインであっても、それが有効な情報であっても、無視されたり、捨て去られたり、肝心のガイドラインの中の情報が必要になった時に手元になかったりするのです。
−実行(implementation)−
47.実際の医療行為に影響をおよぼすことがでさる方法はたくさんあります。医師の診療習慣を変えることが証明されている方法としては次のようなものがあります。監査(audit)や、診療行為のフイードバック、教育も影響しますし、信頼できる個人や団体で行われる相談や、見解(意見)、適切な誘導や、賞罰(経済的な賞罰だけではない)、個別訪問による面接(例えば製薬会社の人の訪問など)、患者が保健医療に村して抱いている期待や考え方の変化などが、医療専門家の診療習慣を変化させるのです。
48.医師の診療や処方の習慣も、良く計画され、適切な手順で進められる実行計画(多様な方法により影響を与えうるもの)があれば、効果的に変化しうることが徐々に認識されてきております。そのような実行計画中、重要な事項として、臨床医自身が、自分がどのような医療行為をすべきかについてよく分かっていないということ、現実に行っている診療行為が、不十分であるということについて明らかにしておかなければなりません。このような実行計画が適切(valid and relevant)な研究に基づいており、医療チーム全体に医療の目標について共通の理解が得られれば、臨床における有効性はより確実に向上させることができるでしょう。
49.この最後の点は重要です。つまり、医療の目標をどのような意図を持ったものとして決めるのかは、非常に価値のあることです。医療行為の効果についての科学的根拠は、目標が決まっている場合には、その目標とすることを達成するために有効に働きますが、保健医療の目標に関する異なった価値判断や思いから生ずる論争を解決するわけではありません。同様に科学的根拠は、死や痛み、不安、外見の変化といった結果に関連した価値判断の代用として気軽に使えるようなものではありません。このように、保険医療制度には、価値に基づいた決定(value based decision)を扱う過程が必要とされ続けるでしょう。しかしながら、価値に基づいた決定と適切な科学的根拠を統合するという挑戦は成しとげられなければならないのです。
50.ですから要約すると、
52.まず初めに、保健医療に責任を有している保健当局のやり方に変化が見られました。委託サービスで我々が経験した種々の段階をスライドにしました。戦略の策定と重点項目の選択、b)そのプログラムの実行に必要な明確なガイドラインの開発(サービスの種類ごとに)、c)実行、d)評価方法、モニターおよびその結果のフイードバックなどです。
−スライド−
53.重要なことは、いったん重点項目が選ばれると、適切な投資家(グループ)らも一緒になって科学的根拠をレビューしたり、必要で可能な医療内容の変化をも受け入れるなどして、その重点項目の実行にドライブがかかるのです。そして、何種類もの介入(治療的)に変更することに同意を求める努力が行われます。このような計画を実行する際は、共同計画の面がより強調され、契約あるいは競争的な要素は重要視されなくなるのです。
54.次のスライドは、我々がどのようにして冠状動脆の心臓疾患についてこの方法を利用しているかを示しています。基礎研究者、心疾患専門医、一般臨床医、疫学者と我々がともに作り上げた科学的根拠の概略を紹介しましょう。
−スライド−
55.また科学的根拠が地方の診療にも生かされることを確認した、他種類の治療による介入研究例の結果のまとめをお示しいたします。
−スライド−
56.実に満足のいく結果であったのですが、今、私たちの地域の人々に村して提供する医療に真の意味での向上ができた例をお示ししようとしております。例えば、いくつかの地域の人々は科学的根拠に合致する高水準の医療を受けていると、自信をもって言うことができます。これは次のスライドでご覧いただけます。
急性心筋梗塞を起こした後、患者は心筋梗塞の再発を予防するための薬を処方されています。これらの数字は、先にもお示しした科学的根拠に基づいた処方が、この地域では他のどの地域よりも多いということを示しています。死亡をどれだけ防げることができているかは、当てはまる臨床試験から導さだされた「医療を必要とする人」の数から予測することができます。この場合では、オックスフォード州において1995年から96年にかけての12カ月の間で、アスピリンやβプロッカー、ACE阻害剤の使用により、急性心筋梗塞にかかった600人の患者のうち約60人の死亡を防ぐことができたことがわかります。これは、「公的資金を責任をもって使用する」ということが、保健医療サービスをどのようにすることなのかを、示している好例だといえます。
−スライド−
57.冠状動脈疾患の例は、われわれが取り組んでさた特別の重点課題でした。しかしながら、保健当局が扱うことのできる毎年の重点課題は限られています。これらのテーマは、オックスフォード州で日々起こっている診療のごくわずかな部分にしかすぎません。ですから、我々は保健医療に携わるすべてのスタッフが科学的根拠をもっと一般的に利用できるようにする必要があるのです。もし科学的根拠が日常の医療に本当に生かされるようになれば、以下のようになると信じています。
−委任(commitment)−
58.最も上位に位置する専門的なスタッフや管理のスタッフから、委任を受けることも重要です。彼らは組織の性格付け(culture)には特別責任を持っているからです。もし性格(culture)が変化したなら、すべてが可能になるのです。
−技術(skills)−
59.人々が必要とする技術を、医師は医学教育の中で必ずしもトレーニングされているわけではありません。少なくともヨーロッパやアメリカでは、教えられていません。臨床上発生した問題を解答可能な質問の形にできる能力、正確な科学的根拠を探し出す能力、科学的根拠を理解できる能力、科学的根拠に基づいて行動できる能力が必要です。
60.ですから、上記のような種々の新たな技術を、一般医の養成のためだけでなく、他のグループ、たとえば管理者(manager)や、患者の伏理人(医師)を養成のためにも導入できるようにするために、我々は医学部教育計画を変え、新たな訓練計画を考案する必要があると考えています。
−情報−
61.情報とその情報にアクセスできる手段は、人々にとって利用可能なものでなければなりません。
62.政策立案者にとって適切な情報源とは、医学雑誌などこ次的な文献情報(ACP Joumal ClubやEvidence Based Medicineなど)や系統的レビュー(コクランライブラリーのような)、そして科学的根拠に基づくガイドラインです。ときおり、彼らは元の研究情報にあたる必要がある場合もあるでしょうが。
63.しかしながら、必要なとき、必要な場所で、情報にアクセスする手段を持たなければ、情報は意味をなしません。これが情報技術を提供する際に最も重要な点です。図書館の文書管理責任者(librarian)が情報科学者として持っている技術の重要性への認識が高まってきていますがこれはひとつの帰結です。保健医療への彼らの貢献の度合いは、飛躍的に高まってきているのです。
−仕事の段取り:組織化(Organization of work)−
64.この点は、我々があまり注意を払っていないところだと私は思います。もし人々の仕事が、技術を十分に使え正確な情報を得られるように段取りよく(組織的に)仕組まれていないとしたら、効率が上がらず苛立ってしまうでしょう。
65.これは、全体の組織としても考えなくてはならない点ですし、個人もまた考えなければならない点なのです。
66.組織化の問題として、以下の点についても考慮しておかなければなりません。つまり、科学的根拠を重視する土壌(culture)をどのように作り上げるのか、臨床上の重要性を考慮した情報技術、臨床的に重要なデータヘの投資、あるいはプログラマーの養成や、実現のための方法を最大限に発揮させるための能力の習慣などについても含まれます。しかしながら、組織化が必要とされる何といっても重要な分野は、適切(valid,relevant)な科学的根拠を探し出して使用することが必要とされる保健医療政策立案や、臨床判断の過程でしょう。
67.しかし、個人も責任を有しています。例えば、限られた教育、研究のための時間を最大限に使う方法を考えなければなりません。科学的根拠にもとづいた要約の仕方を探して適用する方法を学び、適切な科学的根拠にもとづいた方イドラインに同意し、それを利用するようにしなければなりません。
69.Evidence−Based Healthcare(科学的根拠に基づく保健医療)が普及すれば、患者は大いに利益を受けることになるわけで、これは医療提供側にとってはチャレンジするべき重要な課題であります。適切な土壌(culture)を得、それにより適切な情報を作り、適切な技術の利用普及のためのトレーニングをし、Evidence−Based Healthcare(科学的 根拠に基づく保健医療)を実践できる柔軟な保健医療組織を作ることができるならば、世界中が直面している、基本的な問題を解決する基碇づくりができることになると考えます。
70.最後に、本日はお招きいただいて本当にありがとうございました。我々の経験が少しでもお役に立てば幸いです。