はじめに
「○○でもわかるメタアナリシス」というテーマをみて,楽をしてエッセンスが解るような気がしたのは私だけではなかっただろう.“なまけもの”の私はおいしいワークショップに違いないと思い,JANCOC (Japanese Informal Network for the Cochrane Collaboration) のメーリングリストを読んですぐさま申し込んだ.
1999年2月6日JANCOC主催の第2回システマティクレヴュー・ワークショップは東京医科歯科大学内で行われた.予定参加者約30人ということだったが,約40人が参加していた.メタアナリシスへの感心が高まっていることが雰囲気だけでも実感できた.
Evidence-Based Medicine(EBM)が広まる中で,その信頼度の高い情報源の一つとしてCochrane Libraryがよく紹介され,利用されている.私はPrimary care,Familymedicine,Community medicineという分野に携わる医師として,このような情報源を理解し,将来的に可能であればこれらの分野に関するシステマティクレビューの作成にも携わることができればと思い参加した.
ワークショップの概要
講師は講議順に吉村学,津谷喜一郎,橋本淳,折笠秀樹の4氏で,参加者は多科に及ぶ医師,医学部研究者,歯科医,薬剤師,医療情報の関係者,製薬会社の関係者,行政関係など非常に多彩で,いまやメタアナリシスが多くの分野に知られ,その必要性が認識されており,今回のワークショップを通してさらにその必要性が深く理解されたと思われる.今回は,5つのプログラムで構成され,全体を通してメタアナリシスが理解でき,簡単なメタアナリシスの作成を実習し,統計学的な部分の理解と,注意点が解るように作られており,体系だったワークショップになっていたと思う.1日のワークショップですから,これでシステマティクレヴューが完璧に行なえる.ということを目的としている訳ではなく,
- Cochrane Libraryの使い方をマスターすることで,正しいシステマティクレビューを,正しく見ることができる
- Randomoized controlled trial(RCT:ランダム化比較試験)の妥当性のチェック方法の概要が理解できる
- メタアナリシスの手順と基本概念が理解できる
- Cochrane共同計画で利用されている,Review Managerを用い簡易なメタアナリシスができる
- 統計学的な知識を身に付けることで,メタアナリシスに使われる統計学的手法の理解ができる
- 統計学的な知識を身に付けることで,メタアナリシスをする際の注意点を理解する
というようなことができるようにプログラムされたものと私なりに理解している.以下に各プログラムについて,私の理解の範囲で概要と感想を述べさせていただく.
(1)Cochrane Libraryの使い方
単に,Cochrane Library (Clib)の説明をするのかと思いきや,吉村学先生(岐阜県揖斐郡北西部地域医療センター久瀬村診療所,自治医科大学地域医療学)のEBMや,問題解決への熱意が伺われるような充実した内容だった.まずは,EBMと同様に問題を明らかにし解決可能な形にすること(問題の定式化),どのような立場で問題を解決しようとしているかということが重要であることを説明された.次いで,実際にClibを使うにあたり,利用者がつき当る検索語の選択の方法と時におこる困難な事例を挙げて説明された.ついでClibにおける具体的な検索方法(検索語句が熟語の場合の注意,MeSH検索の方法,ワイルドカードの利用方法)を説明された.実例を挙げて説明してくださったので非常に解りやすかった.つぎに,index windowとdocument window,各種ボタンの説明をされ,Meta-viewの解釈の仕方の説明をされた.
また,Clibから得られる情報は妥当性が高く信頼がおけるものであるが,それは現時点でのエビデンスを述べているに過ぎず,その解釈と患者への適応は,自分の置かれている状況や,患者の好み・希望などにより,個々人で変わる可能性があるということを説明された.私もそこが最も重要なことであるということと理解する.この講議で私にとって目新しかったことは,エビデンスの発表・流布とタイムラグについてであった.かならずしも,よいRCTが全てClibで網羅できるわけではなく,より新たな情報についてはタイムラグも考えなくてはならないということである.最後に,講議中に情報提供のあった,Clibの使い方に関する資料としての“Self training guide and notes"がWebで公開されているので,お知らせする.
http://libsun1.jr2.ox.ac.uk/nhserdd/aordd/evidence/clibtrng.htm
(2)メタアナリシスのイロハ
津谷喜一郎氏(東京医科歯科大学難治疾患研究所・情報医学研究部門(臨床薬理学))がこの講議を担当された.おおまかには「コクラン共同計画資料集」(別府宏圀,津谷喜一郎共編 サイエンティスト社)のp50〜63の津谷氏の執筆部分「コクラン共同計画とシステマティク・レヴュー」が中心であった.これは,Clibにも収録されている“Cochrane Collaboration Handbook"の内容をまとめ,解説したものである.Systematic reviewの要点として,
- practical choice
- meaningful outcome
- current problem
- if no evidence
- exclusion of risk of bias
- helpless of trivial outcome
- international perspective
- applicability
- different decision of the same evidence
をあげて説明された.
ついで,7つのステップについてハンドブックに沿って重要なポイントを解説された.7つのステップとは,1.クエスチョンの設定,2.スタディを探し選択する,3.スタディの妥当性の評価,4.データの収集,5.結果の評価と提示,6.結果の解釈,7.編集プロセスとレビューの最新化,である.各々のステップは,目的,要点,してはならないこと,参考文献,参考例でからなっている.さらに津谷氏が本文の要点を整理することで,短い説明の中で,理解しやすい構成となっている.講議では実施バイアスなど,例を示しながらいろいろなバイアスの説明もされた.あわせて無作為化の隠蔽(concealment)と盲検化(blinding)についても説明がなされた.全体として後の折笠秀樹先生の講議と重複しないように統計学的な部分の詳説は省きながら,システマティクレヴューの概要と必要な臨床疫学的知識が理解できるような講議であった.
ワークショップ後,読み返してみたが“Cochrane Collaboration Handbook"をまとめた,津谷先生の「コクラン共同計画とシステマティク・レヴュー」は,読みやすく解りやすいのでぜひ一読することを強く勧める.
(3) Review Managerの使い方
橋本淳氏(自治医科大学 地域医療学)が講議を担当された.Clibでお馴染みであり,またメタアナリシスの象徴ともいえるMeta-viewとともに,Clibに掲載されているようなシステマティクレヴューが記載できるようにつくられたソフトウエアである.Review Manager
(ftp://cochrane:archie@hiru.mcmaster.ca/internet/ftp/cochrane/revman/ からダウンロード可能)はコクラン共同計画に著作権があり,その活動の中で利用するように作られている.今回は,これを勉強することで将来的にコクラン共同計画の中でシステマティクレヴューができるようにその使用方法を勉強したり,どのようにシステマティクレヴューが作成されているか,Meta-viewが作成されているかを体験するものであった.
Webで公開されている
“USER GUIDE FORREVIEW MANAGER"(ftp://ftp.cochrane.co.uk/pub/revman/windows/update/Manual31.doc)を参考に講議と実習を行った.「小児の風邪に対する抗生物質の効果」「減量指導が血圧に及ぼす効果」「ベータカロチンは癌を予防するか?」「アマンタジンによるインフルエンザの予防効果」などについて,いくつかの文献があらかじめ用意され,デモンストレーションと実習を行い,Review Managerを用いてMeta-viewも含め,Clibに掲載されているような書式でシステマティクレヴューを作り上げられるようになった.ある程度の方が,Review Managerを使ってシステマティクレヴューを作り上げることを目的としてワークショップに参加されていたと思われるので,十分な実習の機会があり満足できたのではないだろうか.
(4) メタアナリシスの注意点
折笠秀樹先生(富山医科薬科大学医学部 統計・情報科学)により,メタアナリシスをする際に必要な統計学的知識について講議がなされた.臨床疫学を学びはじめた頃より,『臨床研究デザイン』折笠秀樹著 真興交易医書出版部 は活用されており,折笠先生による講議を楽しみに参加した.
この中でメタアナリシスの注意点も含め,統計学的な説明がなされた.主な内容としては,
- RCTとメタアナリシスの比較において,RCTはバイアスを減らす意味でメタアナリシスにまさり,メタアナリシスは精度をあげる意味でRCTに勝るということ
- 観察研究のメタアナリシスは多くのバイアスがあり難しいということ
- 出版バイアスのチェックとしてファンネル・プロットが有効であること
- 得られた結果について,感度分析が必要であること
- 感度分析については,論文の発表年代,サンプルサイズの大きさ,脱落への配慮などからのアプローチがあること
- fixed effect model(固定効果モデル)とrandom effect model(ランダム効果モデル)ではどちらがいいとはいいにくいこと
- メタアナリシスに含まれた試験の個々の患者のデータの利用により質の高いメタアナリシスができることもあるが,その情報へのアクセスが実際的には難しいこと
- WMD(weighted mean difference)とSMD(standard mean difference)の違い
- Peto's Odds ratioについてのおおまかな説明
- 生存分析,特にKaplan-Meier法とlogrank検定についての説明
- subgroup解析の注意点などであった.
いづれもメタアナリシスを行うばかりではなく,文献の理解を深める意味でも重要な項目について説明があり,疑問点がおおかた解決された.
なお,講議の最初にメタアナリシスの統計の理解のために,BMJ 315: 1371-1374, 1533-1537, 1610-1614, 1997; 316:61-66, 140-144,221-225, 1988のメタアナリシスのシリーズを読むことを強く勧められていたので,さらにこれらの文献を読むことで理解を深め,つぎの機会に疑問を質問するようにしたいと思う.
(5) 総合討論
各々のセッション,特にメタアナリシスの統計の部分の理解,確認のための質疑応答が中心であった.また,津谷先生から,将来的にこのワークショップ参加者の中からコクラン共同計画へ参画して日本人が世界に発するシステマティックレヴューの作成がなされることが喚起された.
おわりに
私はPrimary care,Family medicine,Community medicineに携わるものとして,情報の確かな,つまりエビデンスのある医療の提供の必要性を感じ,数年前からEBMを学び,妥当性の高い情報の一つとしてシステマティクレビューの情報を活用してきた.現在では日常診療における問題解決の重要なアイテムとしてCochrane Libraryを利用している.そんな中で,システマティクレビュー,あるいはメタアナリシスというものの注意点も含めて,一通り知識の整理ができ非常に有用であったと思う.また,今回のワークショップが将来的に我々自身の手でつくるシステマティクレビューへの第一歩として位置付けられたのではないかと思う.もし,自らの手でシステマティクレビューを行わないにしても,どのような手順で行われ,どのような注意が必要か,どのような臨床疫学的あるいは統計学的な背景があるのかを知ることは,情報利用者としても非常に重要なことだと再認識した.今後も,Cochrane Libraryの情報はますます充実され,エビデンスを得るための有力なツールとして多くの方に利用されていくと思うが,その情報の正しい理解と活用の普及のために自分も何か貢献したいと思う.また,JANCOCを中心として,システマティックレビューが日本から発信されることを強く願う.「“わたし”でもわかるメタアナリシス」ありがとうございました.