私自身,乳ガン患者としての経験を通じてコクラン共同計画のSystematic Reviewの取り組みがいかに大切かを特に痛切に感じました.私は1988年に放射線治療のfollow−upなしで乳腺腫瘤摘除術を受けました.当時私の主治医は免疫療法の方が良い結果が出ると信じており,米国癌学会が放射線治療のfollow−upを推薦している事を私の方から話しても取り合ってくれませんでした.後日,製薬会社から,この免疫療法に使われた薬の治験結果を手に入れることができましたが,それはすべて私の主治医の臨床データにもとづくものでした.他の研究結果ではこの療法は無効とされていることに関しては,何ら説明はありませんでした.あとで米国の癌専門医達に聞くと,免疫療法はすでに何年か前にいくつかの臨床結果がでており,その成績は芳しくないものだったことがわかりました.しかし結局私はこの治療法を3年後にもう一度乳ガンを経験するまで続けることになりました.
私の経験から問題だと思うことが2点あります.第一に,私が受けた治療法に関しては論議が分かれていたのに,そのことについて主治医からは全く説明がなかったということです.第二に,日本国内そして外国での臨床試験について,それらを包括した説明が何一つなかったことです.もしあの時点でそれらの情報が知らされていたら,この治療法を続けるのを断っていたかもしれません.この2点から考えると,私が受けた治療は,倫理的にも手続きの上からも問題があったように思えます.今回のワークショップに参加し,午前中になされたTIP誌の歴史について講演を聞き,当時私が免疫療法といわれて使用していた薬については,問題があるという指摘が,1990年のTIP誌上に掲載されていたことを知り,複雑な気持ちになりました.
医療倫理の観点から,そして個々の患者へのリスクと利益を考える上でも,コクラン共同計画が日本にもできるだけ早く取り入れられることが必要と考えます.同時に,治療を開始する前に(試験的であるなしに関わらず)まず患者の同意を求めることが当然であり,しかも大切であることを,日本の医療社会全体に深く再認識してもらう必要があります.医療世界のセクショナリズムによって,研究情報が互いに共有できない状態も改めなければなりません.この点,医療施設を統轄する行政当局は,RCTを普及させると共に,患者の同意についても一層の普及啓蒙活動をすることが必要と思います.個々の医療施設もそれぞれの研究と評価の過程をオープンにし,日本中のそして世界中の医療専門家達が,能率的かつ効果的に情報を収集し,現在ある試験結果を再評価できるようにしなければいけないと思います.医師にも,患者にも,そして特に医療研究者にとってもコクラン共同計画の情報は研究結果の確実性を示すのに役立てることができるという点で重要です.また,それをできるだけ多くの人々に包括的な情報として広めることも必要だと思います. コクラン共同計画の中で,私どもが特に興味をもっているのが医療消費者ネットワーです.このネットワークはまだ新しく,私たちイデアフォーとしてどのようにすればコクラン共同計画に貢献できるかは,これから考えていきたいと思います.コクランのアイデアとそのデータベースを患者達にも広めることにより,治療の場や臨床試験でインフォームド・コンセントを求められたとき,患者自身が正確な情報をもとに,正しい判断ができるよう働きかけていきたいと思います.