日本においては、日米欧医薬品規制ハーモナイゼーション会議(InternationalConference on Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use:ICH)が新聞・テレビなどで有名だが、ICHが各国における医薬品開発に関する取り扱い方法などを共通化して、資源と時間を節約しようとしているのに対し、コクラン共同計画は医薬品も含めて、すべての治療法や予防などの医学的介入の有効性に焦点をあてたもので、Evidence-BasedMedicineの基礎となりうるものである.また、その大きな違いは、ICHが各国の行政機関と製薬産業が主体となって、制度的にも資金的にも推進しているのに対し、コクラン共同計画は一部の国では政府からの資金が入っているが独立性を保ち、そのほとんどがボランティアベースで運用されている点であろう.
コクラン共同計画は、臨床試験の結果をsystematicに収集・蓄積・評価・解析して、正しい治療を行なうための指標としてreviewすることを目的としている.この共同計画を遂行するためには、無作為化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)を用いた世界中の臨床試験データを漏れなく収集することが必要となり、そのための手段としてハンドサーチが重要な意味をもつ.今回のワークショップはその考え方と方法の理解のために開催されたものだった.
2.日本におけるオンライン検索
ハンドサーチ・ワークショップの前半の講演では、津谷喜一郎氏(東京医科歯科大)によるCochrane Library、丁元鎮氏(大阪府立成人病センター)によるReview Managerのデモに引き続き、日本において利用可能な主な医学文献データベースであるMEDLINE(山崎茂明氏)、JMEDICINE(JICST+医中誌)(鈴木寿春氏)、JAPICDOC(八重ゆかり氏)の特徴が各演者によって述べられた.
MEDLINEの解析からは、RCTおよびそれに準じたControlled Clinical Trial(CCT)の数が年を追って直線的に増加していること、またRCT論文と全論文数の比率を発表言語毎に見た比較では、コクランセンターのある国においては、RCT論文の比率が世界の平均値よりも高いという結果などが報告された.
MEDLINEは、コクラン共同計画を推進していくに際しての中心的なデータベースであり、1995年以後に収録される論文に関しては、Publication TypeにRCTとCCTを区別して登録されている.またコクラン共同計画にしたがって過去の文献をハンドサーチすることによって見いだされたRCTとCCT論文に関しては、それがMEDLINE収録誌に掲載されたものであれば、毎年1回MEDLINEに登録することが、MEDLINEの母体であるNational Library of Medicine(NLM)とコクラン共同計画の間で合意されている.また、NLMでは、将来RCTのみを収録した別のデータベースを作成する計画があるとのことである.
JMEDICINEおよびJAPICDOCの講演では、キーワードとシソーラスに関してRCTに1対1で該当する用語がなく、かつ使用されている用語が年によって異なることなどが指摘された.
RCTを網羅的に収集するためにはハンドサーチを行なう必要があるが、その前段階として、既存の日本のデータベース検索によってほとんどのRCTが抽出可能であれば、その後のハンドサーチに要する手間を相当少なくできるはずである.そのためにも、JMEDICINEおよびJAPICDOCに対して、RCTとCCTをまずはキーワードまたはシソーラスとして登録することを、要望する必要があると思われる.
3.日本におけるハンドサーチの実際
ハンドサーチ・ワークショップの後半では、実際に日本語文献を対象にハンドサーチを行なった例が、ケースレポートとして4氏により報告された.
Strokeのハンドサーチは、折笠秀樹氏(富山医科薬科大)により報告されました.これはStroke の共同レビューグループ(Collaborative Review Group:CRG)のメンバーとして行なったもので、ここでは日本の4つの雑誌のハンドサーチにより、strokeに関する臨床試験のみが取り出された.その結果、目的とするRCTが同定されたほかに、日本の臨床試験では、特定の医師に治験統括医が集中する傾向があるという事実も明らかとなり、また、外国のreviewerが日本の治験総括医に臨床試験の細部について質問しても、明確な解答が得られないなどの問題が指摘された.
急性呼吸器感染症(Acute Respiratory Infection:ARI)に関するハンドサーチについては下内昭氏(結核予防会結核研究所)によって報告された.これも、ARIに関するCRGのメンバーとして行なわれたものである.これは、感染症学雑誌,日本胸部疾患学会雑誌,日本化学療法学会雑誌の3誌から、ARIだけに限らずすべての領域のRCT、CCTを抽出調査した報告だった.前2誌はMEDLINE収録誌である.また、JMEDICINEを用いたデータベース検索ではrandomizationに相当する日本語の「無作為」または「無作為割付け」では論文はヒットせず、ハンドサーチによって初めて見つけることが可能であったという.また、論文の記述が不充分なため、本当に「無作為割付け」であるか否かを推測によって判断しなければならない難しさなどが指摘された.
外科領域については上原鳴夫氏(国立国際医療センター)より報告があった.氏は特定のCRGには所属せず、ハンドサーチの結果も直接、ハンドサーチの登録とコーディネーションを行なっているバルチモア・コクランセンターに送る方法をとっており、現在は「日本外科学会雑誌」のサーチを行なっているとのことだ.また、コクラン・ハンドサーチ・マニュアルを一部翻訳・整理して、自分用のマニュアルを作成したことを紹介された.これから日本でハンドサーチを大規模に進めていく為には、コクラン・ハンドサーチ・マニュアルを日本語化して、より分かりやすい例などを含めて整備する必要性があり、上原氏の行なわれた今回の作業は、そのよい先例となるものと思われた.
最後に、津谷喜一郎氏(東京医科歯科大)が収録誌のうちの大学紀要とMEDLINE未収録誌について述べた.大学紀要の一例として"Bulletin of Tokyo Medical and Dental Univercity"をとりあげ、大学内のLANで用いられるOvidのMEDLINEや、無料で誰でも使えるインターネットのHealth Gateを用いて、まずRCT,CCTなどのサーチを行ない、その結果を手もとにおいてハンドサーチを行なう方法などが紹介された.MEDLINE未収録誌としては「日本東洋医学雑誌」がとりあげられた.
4.いくつかの問題点
ワークショップの後半の四氏の講演や、前半のJMEDICINEおよびJAPICDOCの講演でも指摘された問題点が2つある.日本において「二重盲検試験」という用語が広く用いられている.基本的には、二重盲検試験はRCTをベースにしたものである.だがその場合には「二重盲検無作為化比較試験」と正しく記載すべきである.また、コクラン共同計画では臨床試験での無作為割付け(random allocation,単に「無作為化」(randomization)ともいう)を重要視する.すなわち、乱数表やコンピュータを用いた割付けはRCTとされるが、曜日やカルテの末尾の数字を用いた割付けは「疑似無作為化」(quasi-randomization)と呼ばれ、これを含み、確実(definite)なRCT以外はすべてCCTと登録される.こうして判断をするためには、どのような無作為化の方法を用いたかが論文中に記載されていなければならない.しかし、国内文献においてはこうした記載が不十分であり、論文だけからは判断ができないのが現状である.
こうした問題に関しては各学会や雑誌などに対して、当該臨床試験がRCTまたはCCTであるかどうか、さらには無作為化の方法なども、タイトルや論文中に明示するように要望する必要があると思われる.同じ問題は欧米でもみられ、CONSORT声明として、雑誌編集者間でこうしたことを標準化しようという動きがある(Begg C.et.al. Improving the quality of reporting of randomized controlled trial. JAMA 1996, 276(8):637-9、訳がJAMA日本語版5月号に収載される予定).
また、日本では用語の統一も大きな問題となる.RCT,CCTは、英語としてMEDLINEでは用語が統一されているため明確だが、日本語の場合は、RCTについては「無作為化比較試験」がおもに使われており、他に「無作為化対照試験」「無作為化比較対照試験」「ランダム化比較試験」なども使われている.また、"random allocation"に関しても「無作為割付」「無作為割り付け」「無作為割付け」など同じ読みで違った送り仮名が存在すること、「無作為割付け」「無作為化割付け」など同じ意味で違った用語を用いることがあるなど、混乱している.そこで、用語の統一を呼びかけたり、JANCOC関係者で統一を行なう必要性がある.
5.おわりに
今回、当ワークショップに参加して、現時点でのハンドサーチには大きく分けて2つの側面があることが分かった.
1番目は、各CRGによってあるトピックについて評価・解析するずっと以前にRCTとCCTを雑誌単位にsystematicに収集・蓄積する方法である.この方法がコクラン共同計画で言われている「ハンドサーチ」を指す.こちらでは、全てのRCTとCCTを収集するのが目的で、そのクオリティの詳しい判断はとりあえずする必要がないということである.現在、ハンドサーチは医師が行なうことが多いようだが、薬剤師、看護婦、学生、もしくは一般の消費者にも行ないうるのではないかと思われた.実際、オーストラリアでは一般消費者がハンドサーチに参加している、とも別の機会に聞き及んでいる.
2番目は、実際にCRGが評価・解析する疾患と治療法を決めた後から、CRGのメンバーとしてRCTやCCTを収集する方法で、主にreviewする疾患を専門とする医師が行なっている.この中には発表された論文の他に、未発表の論文(有効性がないとするものが多い)や企業内での臨床試験等も含まれている.しかし、この方法では同じ雑誌を、異なるグループがそのトピックにしたがって繰り返してサーチするという、無駄が生じうる.
コクラン共同計画の一つの大きな目的として、臨床試験の登録がある.私的なものも含めて世界中の臨床試験の全てを試験開始前に登録し、その結果も有効性の有無に関係なく報告してもらい、パブリケーションバイアスをなくそうというものだ.今のところ、この計画はうまく立ち上がっていないようだが、将来的に実現できた場合はその臨床試験についてのハンドサーチの作業は軽減されるだろう.
コクラン共同計画に参加することは、医療大国の日本として国際的に貢献できるよいチャンスであり、また日本の義務でもあると思われる.今回のワークショップにおいて、その重要性と日本での問題点がより明確になった.